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陸奥国仙台藩の第四代藩主。
伊達氏の第二十代当主であり、第三代藩主・伊達綱宗の長男。
元禄9年(1696)11月、この第四代仙台藩主伊達綱村公が鍬入れの式を行って茂ケ崎の地を拓き、宮城郡若林にあった廃寺小蓬山仙英寺の遺址を此処に移して新たに堂塔を建設し、両足山大年寺と號しました。

戒名・大年寺殿肯山全提大居士
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仙台の隣町名取市に「閖上」という地名の港があります。
もともと漢字がなく「ゆりあげ」と呼ばれていました。仙台藩主が大年寺に参拝の際、山門からこの港をご覧になり、その地名を尋ねたところ、ゆりあげ浜に漢字がないことを知りました。
「門の中に港が見えた故に、今後門の中に水と書いてゆりあげと呼ぶように」
とのお言葉で「閖」という漢字が誕生しました。




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■開山・鐡牛道機禅師
寛永5年(1628)〜元禄13年(1700)石見の出身。
15歳で出家得度して「慧覚」と號する。
明暦元年(1655)長崎の崇福寺に入り、隠元禅師に謁する。
万治2年(1659)江戸へ行き、稲葉正則に請われて、湯島麟祥寺に住し、延宝元年(1673)小田原に紹太寺を、武蔵向島に弘福寺を開く。
著作「七会語録十巻」
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開山
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鐡牛道機禅師
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開祖
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元禄13年(1700)6月20日
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9代
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仙巌元蒿禅師
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本山19代管長
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宝暦13年(1763)
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15代
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蒲庵淨英禅師
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本山23代管長
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寛政8年(1796)
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20代
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梅岳眞白禅師
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本山28代管長
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文政2年(1819)
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34代
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邦生明興
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現住職
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