黄檗宗は、臨済宗・曹洞宗とともに日本禅宗三派の一つで、承応3年(1654)中国黄檗山萬福寺の持住であった隠元隆g(1592〜1673)が、日本に渡来し、将軍徳川家綱に会い、山城国宇治に中国の故山にならって黄檗山万福寺を建立し、その寺名をつぎ寛文元年(1661)に開堂した。これを本山とする宗派を黄檗宗といい、日本に始まる宗名である。
寺規・殿堂などすべて中国の様式をとり、教義は当時明国で行われていら浄然一体の風があった。門弟木菴性とうが第二世となり、諸堂を完成し清規を確立し、江戸白金に瑞聖寺を開いた。即非如一は木菴とともに檗門の二甘露門といわれ、隠元とあわせて三師能書をもって聞こえた。
木菴の嗣鐡眼道光は延宝6年(1678)大蔵経を翻刻した。師が蔵経開刻のため募金を散じて飢饉を救ったことは著名である。十三世竺菴に至るまでは、中国僧を持住とした。
宗旨は、臨済系であるが、明代の念佛禅をまじえ、誦経には唐音を、法式は明風を採る。
明末中国の生活様式をつたえ、中国風の絵画詩文の普及にも寄与した。本山には隠元禅師とともに来日した佛師范道生が作った高さ9.5メートルの釈迦牟尼佛が本尊として祀られている。
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